教育基本法について…大江健三郎 〜「九条の会」記者会見より

 ある番組で中曽根元首相とお話ししたときに、最後に彼が「教育基本法を変えないといけない、日本人の教育であるから伝統というものを大切にしないといけない」と言ったんですね。

 ところが伝統というのは何を指すのか分からない。たとえば僕の人生の中での伝統というと、今の憲法というのが私の中の伝統となっていますが、中曽根さんは戦前・戦中の日本にファシズムが台頭していく過程のことを「伝統を作り出した時代」と言いたいのか、あるいは明治または明治以前なのか。

伝統についてはっきりと提示しないで、新しい教育基本法の中心に現代の憲法に対する否定として(使おうとしている)「愛国心」「伝統」という言葉も日本の国内に閉じこもる方向にあるものです。

教育基本法は憲法の前文と九条にもつながっています。憲法全体の非常に優れたエッセンスを取り出して、しかも分かりやすい言葉でみんなに伝えようとしている。世界に向かって開いていく教育というものが基本的な構想です。

日本人が世界に向かって開こうとしているわけです。
ところが、一般市民としては、例えばイラクの人質事件がありましたが、十八歳の青年と三十代の女性が、日本の一人の市民として、日本というものや時を越えて、向こうの個人と結びつく…。それは教育基本法が言うのと同じように、個人の働きにおいて世界の普遍というものにつながっていくということです。こういう個人の態度が六十年間のなかで新しく出来あがった伝統なのではないかと思います。

教育基本法を焦点にして、個人から普遍に向かっていく、国内から世界に開いていく教育、そういう日本人の生き方というものを、言葉ではっきり表現しながらやっていくという方向にしたいと思います。

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